高石町の歴史(年表)


flower_title
ゼフィランサス
 
高石町周辺の年表です。古文書が残っている戦国時代以降、昭和期までのおもだった出来事を年表にまとめました。
高石の人々の生活を垣間見ることができます。
 
年表作成にあたっては、麻生郷土歴史年表(小島一也氏)ゆりストア30年のあゆみ(百合丘産業株式会社)を参考にさせていただきました。
 

 高石町と周辺の地域の年表

西暦 年号 高石周辺の歴史・出来事 備考
戦国時代金程村の地名が見られる
江戸時代以下の五村が成立
・上菅生村
・五反田村
・金程村
・高石村
・細山村
1868年明治元年神奈川府の管轄となる
(神奈川府は神奈川県に改称される)
1869年明治2年頃高石法雲寺周辺で草競馬が行われる
1870年明治3年生田村役場完成(五反田)
1871年明治4年生田村観音寺に生田小学校の前身となる五反田学舎開校
1874年明治7年大区小区制の施行により、上菅生村、五反田村、高石村、細山村、金程村が第5大区第7小区になる
1875年明治8年五反田学舎、生田学校と改名する
上菅生村、五反田村が併合して(旧)生田村が成立
1877年明治10年高石に万屋(二枚橋商店)が創業この頃、生田村戸数306、人口2254人
1888年明治21年高石村に細王舎が建設される(製糸機器等製作)
1889年明治22年町村制により(旧)生田村、金程村、高石村、細山村が合併して生田村が成立この頃、生田村(生田村、金程村、細山村、高石村)戸数466
1892年明治25年五反田学舎、第一生田小学校となる
1910年明治43年高石の布子坂が改修される
1913年大正2年生田・柿生村境の追分より登戸まで馬車が通る大正5年廃業、ガタクリ馬車
1915年大正4年細王舎が皇居に脱穀機、草刈木を献上する
1918年大正7年高石に養蚕組合ができる前年、細王舎大火
1920年大正9年柿生村で皇太子殿下の行啓に備え、高石、追分、万福寺、山口への道路工事が始まる
1922年大正11年高石神明社が村内の熊野社、御岳社、春日社、冨士浅間社、八幡社を合祀する
1923年大正12年高石に電報配達が始まる(柿生郵便局)
1927年昭和2年小田急が開通し、西生田、柿生、鶴川、新原田町の各駅が開設
1929年昭和4年生糸大暴落ニューヨーク株式大暴落、世界大恐慌始まる
1938年昭和13年稲田町、生田村、宮前村、向丘村が川崎市に編入
1944年昭和19年生田農業会発足
1945年昭和20年B29長沢に墜落第二次世界大戦終結
1948年昭和23年西生田小が開校農業協同組合が設立開始
1949年昭和24年高石、万福寺に成城学園誘致の動きが出る
1954年昭和29年日本初の全自動浄水場として生田・長沢浄水場が完成し給水開始
1958年昭和33年日本住宅公団が生田地区区画整理事業(現百合丘団地)の造成開始
読売ランド工事開始
1959年昭和34年高石・細山地区の宅地開発開始(三井不動産)
1960年昭和35年百合丘団地が完成
小田急百合ヶ丘駅が開設
百合ヶ丘産業株式会社設立
ゆりが丘ストア(ゆりストア)開店(百合ヶ丘1丁目1番)
西生田小学校校舎改築
1961年昭和36年高石の一部が百合丘に住居表示変更
生田地区町会連合会が設立
1964年昭和39年百合丘小学校が開校
1969年昭和44年南百合丘小学校が開校
1970年昭和45年西生田中学校が開校
1975年昭和50年西生田小学校開校百周年
1978年昭和53年百合丘カントリー倶楽部が営業開始
1984年昭和59年高石神明社社殿が落成し高石神社となる
ページ上部へ戻る